都市伝説:ある光景

 その夫婦の仲は、非常に悪かった。

 互いが互いの欠点ばかりをあげつらい、当然ながら冷め切った間柄で、毎日けんかばかりしていた。

 それでも、どうにか離婚を踏みとどまっていたのは、小さい一人息子がいたからだった。

 しかし、そんな日にも、とうとう終わりが訪れる。

 我慢の限界に達していた夫は、些細な口げんかをきっかけに、妻を殺してしまう。


 遺体を処理して、近所には、妻は実家にかえってしまったため、連絡をとれなくなりました、と嘘をついた。

 そうして、何日かが経った。

 ようやく、夫は人心地が付くと同時に、不思議に思うことがあった。

 息子が、さみしいなどという泣き言をいわないのだ。
 
 それどころか、嬉しそうにしているようにさえ見えた。

 夫は、息子も実は妻のことが嫌いだったのだろうか、と思い、聞いてみることにした。

「なお、最近、お母さんいないけど、さみしくないか?」

「うんさみしくないよ」

「お母さんのこと、きらいだったのか?」

「ううん。でも、お父さんとお母さんは、仲良くなったんだね」

「え?」

「だってママ、パパの背中にずっと抱きついてるんだもん」
 
  
 これが都市伝説、ある光景です。

 元々は、単に妻が夫に張り付いていることが息子には見えた、という都市伝説ですが、これはその派生バージョンです。

 喧嘩の多い家庭で傷つくのは、やはり子どもです。

 その子どもが、父母が仲良くなっているように見えた、というのがなんとも哀れみを誘い、このパターンの都市伝説も広がったのでしょう。

 喧嘩のみならず虐待の多いこの世の中においては、こうした都市伝説の変化というのは、当然なのかもしれません。